
4か月前まで住んでいた留萌の自宅からは、留萌川の向こうを走る留萌線の列車がよく見えました。
留萌にいる間に乗ったのはたったの一度きりでしたが、2両編成でゆっくりと走る列車を見ているとなぜか落ち着いたものです。
毎晩同じ時間に、静けさの中で(留萌の夜は本当に無音)彼方から聞こえてくる踏切の音は耳から離れず、自分にとって「留萌の音」になっています。
そんな留萌線も他のJR北海道の路線の例に漏れず赤字であり、廃線は避けられなくなっているようです。
確かに、北海道の地方は究極の車社会のため鉄道の利用者は限られます(道民はどこまででも車で行きますよね。)。
厳冬期に鉄路を維持するのも大変でしょうから、乗らないけれども残してもらうというのは無理な話なのかもしれません。
自分で乗ることはほとんどありませんでしたが、本州からはるばる訪ねてきてくれた友人や家族と駅で再開し、駅で見送ったときの光景は鮮明に覚えています。
鉄道は1つの交通手段であるだけでなく、人の思い出が生まれてきた場でもあると思うので、留萌線のこの先を思うと元留萌人として寂しく感じます。